学部・学科現代教育学科教授
氏名中城 進/なかじょう すすむ
学位文学修士(教育学)関西大学。大阪市立大学大学院後期博士課程単位取得退学。
専門分野教育心理学
所属学会日本教育心理学会、日本心理学会、日本教育学会、日本保育学会、関西教育学会。
担当科目教育学部:『心理学概論』(『基礎心理学』)(2コマ)、『現代教育論』(心理学領域での講義)、『教育心理学』(2コマ)、『学校心理学』、『人格心理学』、『教育心理学演習』、『卒業研究指導ゼミT』、『卒業研究指導ゼミU』。
健康科学部:『教育心理学』。
教育学研究科:『美しく生きるための教育学総合特論(OM)、『教育心理学特論』。
研究テーマ日常生活における人間関係の中においてあちらこちらに散在する「権力」や「葛藤」という現象を研究している。『散在する権力』(1999)においては、日常生活の人間関係のなかの“支配−被支配”の権力闘争や権力関係を研究した。「葛藤」の観点も入った。自己認識についての研究も続行している。また、時間を見つけての研究ではあるのだが、1987年頃から行なっているのだが、十六世紀の西欧社会においてラテン語で書かれた教育書の翻訳作業を継続したい。現在はエラスムスの教育関係の論文を翻訳していた。再開したい。

研究業績研究業績は著書と論文を見て下さい。
研究の方向性できるだけ客観的な観点からみたい。しかし、感覚的には自身の立ち位置は「弱者」にある。日常生活の中での諸々の現象を「弱者」からの生存・服従・抵抗の領域で考察をしたい。誇りを死守する弱者なりの抵抗ができるものであろうか。最近の方向性はこのような方向である。
主な著書(1)『現代教育と発達幻想』(山下栄一編、明石書店、1988年)
(2) 「補償教育とピアジェ派心理学研究」(田中欣和等編、『教育の解放を求めて』、明石書店、1990年)
(3) 『医療・看護・福祉のための心理学』(中城進編、二瓶社、1993年)
(4) 『エラスムス教育論』(単著、翻訳・解説、二瓶社、1994年)
(5) 「『発達と教育』論の呪縛からの脱出」(山本冬彦編、『教育の戦後思想』、農文協、1995年)
(6) 『教養のための心理学』(共著、二瓶社、1996年)
(7) 『教育を構想する人びと』(単著、関西大学出版部、1997年)
(8) 『散在する権力』(単著、大学教育出版、1999年)
(9) 『医療・看護・福祉のための心理学・第2版』(中城進編、二瓶社、2001年)
(10) 『心理学』(中城進編、二瓶社、2003年)
(11) 『教育心理学』(単著、二瓶社、2006年)
(12) 『心理学理論と心理的支援』(中城進編、久美出版、2009年)
(13) 『人間理解のための心理学』(中城進編、北大路書房、2014年)

主な論文(1)『ピアジェ派幼児教育論』(単著、修士論文、1982)
(2)『ピアジェ課題について』(単著、関西教育学会紀要第6号、1982)
(3)『ワイカートの幼児教育論』(単著、教育科学セミナリー第14号、1982)
(4)『ピアジェ理論の教育的意義』(単著、関西教育学会紀要第7号、1983)
(5)『アメリカの親子センター』(単著、千里山文学論集第30号,1984)
(6)『ピアジェ派幼児教育の問題点』(単著、乳幼児発達研究所紀要第1号、1984)
(7)『Distancing Theory の幼児教育への適用』(単著、関西教育学会紀要第8号、1984)
(8)『表象的コンピテンスプログラムの研究』(単著、千里山文学論集第32号、1985)
(9)『人間と発達』(単著、乳幼児発達研究所紀要第3号、1986)
(10)『コメニウスの教育学構想における人間観』(単著、教育科学セミナリー第19号、1987)
(11)『「発達の課題化」を考える』(単著、臨床心理学研究、1988年)
(12)『補償教育思想再考』(単著、千里山文学論集第36号、1988)
(13)『エラスムスの「子供の礼儀作法についての覚書」についての考察』(単著、乳幼児発達研究所紀要第7号、1990)
(14)『西欧社会における礼儀作法教育の歴史<その1>−エラスムス以前の、イタリアの礼儀作法書の検討を通して―』(単著、乳幼児発達研究所紀要第9号、1992)
(15)『ピアジェの発達概念の検討』(単著、関西大学教職課程研究センター年報第6号、1992)
(16)『西欧社会における礼儀作法教育の歴史<その2>−エラスムス以前の、ドイツの礼儀作法書の検討を通して―』(単著、乳幼児発達研究所紀要第10号、1993)
(17)『エラスムスの礼儀作法教育における潜在的カリキュラム』(単著、関西大学教職課程研究センター年報第8号、1994)
(18)『ピアジェの近代的主体形成論』(単著、乳幼児発達研究所紀要第11号、1994)
(19)『闘争するソクラテス』(単著、関西大学教職課程研究センター年報第11号、1997)
(20)『「教育原理」における知識と教授』(単著、関西大学教職課程研究センター年報第15号、2001)
(21)『ストレス社会に生きる』(単著、畿央大学短期大学部研究紀要第26号、2005)
(22)『ピアジェの児童心理学、示唆、限界点』、(単著、畿央大学短期大学部研究紀要第27号、2006)
(23)『学校心理士における児童理解についての考察』、(単著、畿央大学短期大学部研究紀要第27号、2006)
(24)『学習活動における主体の決断と行動』、(単著、畿央大学短期大学部研究紀要第27号、2006)

<翻訳:ラテン語から日本語へと>
(1)エラスムス著『子供の礼儀作法についての覚書』(翻訳・第1章〜第3章)(単著、乳幼児発達研究所研究紀要第6号、1989)
(2)エラスムス著『子供の礼儀作法についての覚書』(翻訳・第4章〜第7章)(単著、乳幼児発達研究所研究紀要第7号、1990)
(3)エラスムス著『子供たちに良習と文学とを惜しみなく教えることを出生からすぐに行なう、ということについての主張』(翻訳・1)(単著、教育科学セミナリー第22号,1990)
(4)エラスムス著『子供たちに良習と文学とを惜しみなく教えることを出生からすぐに行なう、ということについての主張』(翻訳・2)(単著、乳幼児発達研究所研究紀要第8号,1991)
(5)エラスムス著『子供たちに良習と文学とを惜しみなく教えることを出生からすぐに行なう、ということについての主張』(翻訳・3)(単著、教育科学セミナリー第23号、1991)
(6)エラスムス著『子供たちに良習と文学とを惜しみなく教えることを出生からすぐに行なう、ということについての主張』(翻訳・4)(単著、教育科学セミナリー第24号,1992)
(7)エラスムス著『子供たちに良習と文学とを惜しみなく教えることを出生からすぐに行なう、ということについての主張』(翻訳・5)(単著、教育科学セミナリー第25号,1993)
(8)エラスムス著『幼子イエスについての説教』(翻訳・1)(単著、教育科学セミナリー第30号、1999)
(9)エラスムス著『幼子イエスについての説教』(翻訳・2)(単著、教育科学セミナリー第31号、2000)
(10)エラスムス著『キリスト教徒の人間教育』(翻訳・解説)(単著、桜井女子短期大学第24号、2002)

<400字詰原稿用紙40枚に足りない論文、15枚程度の論文>
(1)『教師は20坪内の独裁者』(単著、『教育の森』第6巻10号、1981)
(2)『アメニーション文化』(単著、『はらっぱ』第43号、1986)
(3)『「臨教審」答申と教育問題』(単著、『ニイル研究』第26号、1986)
(4)『資格制度化論争の意味と本質』(単著、臨床心理学研究第29号2巻,1991)
(5)『研究態度と「専門性」について』(単著,社会臨床雑誌第1号1単著,1994)
(7)『ニイルの思想との出会い』(単著、『ニイル研究』第35号、1994)
(8)『ピアジェ(上)』(単著、『はらっぱ』第162号、1997)
(9)『ピアジェ(下)』(単著、『はらっぱ』第163号、1997)

<雑誌>
(1)『教職課程6月臨時増刊号』(2011年5月)、「2012年度・直前予想問題・教職教養・教育心理」、37巻9号、81-91。協同出版。単著。
(2)『教職課程9月号』(2011年9月)、「領域別 出題傾向 教職教養・教育心理 傾向があるが、基礎的な知識で対応できる!」、37巻12号、60。協同出版。単著。
学会発表(1)『イギリスの11歳時試験における知能テスト』(単、関西大学教育学会、1980)
(2)『ピアジェ課題について』(単、関西教育学会、1981)
(3)『ピアジェ理論からの教育的示唆』(単、関西大学教育学会、1981)
(4)『ピアジェ理論の教育的意義』(単、関西教育学会、1982)
(5)『ワイカートの幼児教育論』(単、関西教育学会、1982)
(6)『米国における両親教育―補償教育プログラムを中心として―』(共同、日本教育学会、1983)
(7)『Distancing Theory の幼児教育への適用』(単、関西教育学会、1983)

社会活動・平成15年度広陵町青少年健全育成協議会総会講演会(平成15年5月23日)
・平成15年度畿央大学公開講座・第1回健康科学講座「すこやかに暮らすために」(平成15年10月11日)
・奈良新聞「ストレス社会で生きる」(平成15年12月27日)
・平成20年度 教職員のための夏の公開講座』(奈良県教育委員会後援):『スタンレー・ミルグラムの「服従実験」から学ぶ』(平成20年7月1日)
・『平成21年度 教員免許更新講習』(奈良県教育委員会):『小学校における児童の指導のあり方―@児童の理解』(平成21年8月21日)
・『平成21年度 教員免許更新講習』(奈良県教育委員会):『小学校における児童の指導のあり方―@児童の理解』(平成21年10月4日)
・『組織・職場の心理と行動−対人葛藤−』(研修会)(国保中央病院)(平成22年12月07日)
紹介中城は、次のような研究を行なってきております。そこで、私に援助や影響を与えてくださった先生方のお名前も感謝の気持ちを込めて記しておきたいと思います。

1.発達と教育の研究
 研究の対象や方法を心理学研究に置いたり、教育学研究に置いたりしています。師・山下栄一先生の「現象学的人間学」の影響を強く受けているからと思います。
2.生き辛さの研究
  (1)礼儀作法教育の研究
 日常生活の諸々の行為における階層性を私は強く意識するようになりました。そのことに気付かされたのは、エラスムスの著作をラテン語原典で読むうちに、またP.ブルデューの一連の著作やE.ゴッフマンの諸著作を読むうちにでありました。また、日常生活上の様々な私的経験からでも徐々に理解するようになったのです。
(2)権力関係の研究
 これらは私的生活の中で個人的な想いから発生した研究です。しかし、師・山下栄一先生の「現象学的人間学」の影響を強く受けているとも言えます。私的に判断すれば、『権力関係の研究』という主題は、非常に面白い研究テーマだと思います。人間の生の充実を求めることを目的として、心理学と教育学と哲学をベースにして、日常生活における“生き辛さ”の様態の正確な把握とその原因の究明を目的として、権力という観点からの研究を私は行なっています。今後の研究としては、子育て、しつけ、教育の中の権力関係を分析して、“生き辛さ”の様態と原因を究明する。研究に偏りを生じさせることのないように、善悪の判断をもって権力関係を捉えるつもりは全くなく、教育という人間関係の中に密かに散在している権力関係を有りのままに把握したい。また、権力を不必要なものであり、拒絶するべきものであると考える態度も採っておりません。遠い未来の人間関係のあり方は分からないのですが、現代社会においては人と人との関係の中には避けがたく権力関係が内在せざるを得ないと判断しており、家族・近隣・組織・社会の中に人間が属する限りは権力関係からは逃れられないとも判断しています。このような事態に対していかにして対処するべきかを模索しています。山下栄一先生には、学部、大学院を通して論文の書き方、読み方(英文の論文も含めて)、研究者としての生き方を教えていただきました。
 大学院生時代に、議論においてあれこれと噛み付く私たち雛ども(中城と堀正嗣:熊本学園大学教授)に対して、「また、いつでも批判してください。学問研究には批判が必要不可欠です」と私たちに語られた鈴木祥蔵先生から学問研究のあり方に関して大きな影響を受けています。鈴木先生に紹介されて読んだフランツ・ファノンの著作からも影響を受けています。竹内良知先生には、グラムシをイタリア語で読んでもらって、そのうえに丁寧な解説をしていただいたこともあって、「上部構造」の重要性に気づくことができました。それもあって、P.ブルデューの一連の著作もよく理解できました。住宏平先生には、J.ピアジェの研究の面白さを『Lire Piaget』の仏語での講読演習の自主ゼミで教えていただきました。右島洋介先生には、イギリスの教育(comprehensive schoolを中心として)を、大学院で1コマの授業のところを先生のご好意で2コマの時間を割いて下さって、英文講読演習スタイルで鍛えていただいたし、よく飲みにも連れて行ってもらいました。
3.異なる世紀・地域の研究
  (1)16世紀のエラスムスに焦点を当てての研究
 これは主にラテン語からの翻訳を通して行なっています。スピノザ研究者であられた竹内良知先生の「原典で読め」の教えに従っています。挫けそうになるラテン語での翻訳作業を続けられたのも竹内良知先生の「何語であっても、読む気があったら読めるはずだ。中城君、読めないのは君に読む気がないからだよ」との叱咤激励があったからです。ラテン語学習には、かなり面白いものがあります。レンガの壁が文字になるのです。最初、ラテン語の文献を見た時に、「これは、ぼくにとっては、レンガの壁のようにしか見えないよ!」と思ったのです。味気なく辛苦の勉学を重ねるうちに、ある日、レンガの壁が文字の行列に見えてきて、その後にそれらの文字の行列が魂を凝縮した文章として理解できるようになりました。若き人たちよ、このような経験を味わってみませんか?。副作用としては頭髪が黒々から○のつるつるになるのですが、深い充実感を味わえますよ。「進化(深化)」と把握しています。 
4.自己の再形成の研究
 『自己の再形成』ということに関しても興味を有しています。その研究の進め方と方法についての方針がいまだに決定しておりません。この研究は止まったままです。
メッセージ時を昔へと旅した際に、古代フェニキアの船乗りからこのように聴きました。「我が望むもの、大いなる船。そして舵を握る星」。なかなか面白い話だと思いました。前者については“学ぶ仲間”だろうし、また“人生を共に歩む仲間”であると思います。後者については、“自身を誘う目的”であり、“進むべき方向性”であると理解しています。座り込めば、スフィンクスの呪いが人類に未だに効いていて、人は化石化してしまいます。まず、魂から化石化が始まるようです。そうなりたくなければ、自身を誘う星に向って、まっすぐに進むしかありません。問題は、ご本人が、「ニーチェ」症候群への罹患によって、自らを誘う星が分からなくなっている場合であり、あるいは「ない」ことを聡明であるが故に理解してしまった場合です。あとの話は、次の機会にでもお話いたしましょう。
メールアドレス s.nakajou_at_kio.ac.jp  ※「_at_ 」の部分を「@」に変更してください。